103年も前(1922年)に発行された『カナノヒカリ』第一号を記念して、その投稿をカナ専用文で再現してみました。
原文の言葉はそのままに、旧字体や歴史的なカナづかいなど、漢字・カナの表記だけ現代風にしています。
また、できるだけ標準分かち書きの規則に従い、原文を分けて書きました。
こうした現代版の『カナノヒカリ』に触れて、当時の雰囲気も味わえると思います。
『カナノヒカリ』の投稿には面白いエピソードがありますので、読んでみてください。
いわゆるフリ漢字
原文の多くは漢字カナ交じり文になっています。
つまり、現代日本語のように、漢字に頼るように書かれています。
これをカナ専用にしてみると、意味が曖昧になっているところが出てきます。
意味の分からない言葉を分かるようにするために、フリガナとは逆に漢字を振っています。
気になる文章のところにマウスや指を乗せると、その部分がすぐに漢字に切り替わるようになっています。
そこから離れると、またカナモジに戻ります。
こうすることで、意味の曖昧さを避けつつ、カナ専用文の形も保てます。
著作権の表示
下の投稿は『カナノヒカリ』第一号からの引用となります。
著作権はカナモジカイにあります。
許可を得て提供しています。
『
カナ仮名
の
ひかり光
』
カナ仮名
の
ひかり!光!
なん何
の
ため
に
うまれ生まれ
いでました
か。
カナ仮名
の
たっとい尊い
ひかり光
を
よ世
に
しめさん示さん
が
ため
です。
かんじ漢字
に
くらんで
しまって
いる
こくみん国民
の
め目
を
カナモジ仮名文字
に
むけしめる向けしめる
ため
です。
カナ仮名
は
わが我が
くに国
に
うまれ、生まれ、
わが我が
こくみん国民
に
はぐくまれた育まれた
もじ文字
で
あります。
われら我ら
は
そせん祖先
から
さずけられた授けられた
この
たっとい尊い
もじ文字
の
ある
こと
を
わすれて忘れて
は
なりませぬ。
カナモジ仮名文字
は
せかい世界
に
ほこる誇る
べき
りっぱ立派
な
もの
です。
その
りっぱさ立派さ
は
そと外
から
ぬりたてた塗り立てた
いろどり彩り
で
ない、
うち内
から
はっする発する
ひかり光
で
あります。
この
もじ文字
を
じせい時勢
に
おうじて、応じて、
しょたい書体
に
かいりょう改良
を
くわえ、加え、
きさい-ほう記載法
を
くふう工夫
する
ならば、
いっそう一層
その
かち価値
を
ます増す
に
そうい相違
ありません。
こくみん国民
が
この
てん点
に
むかって向かって
こえず超えず
め目
を
そそぐ注ぐ
ならば、
カナ仮名
は
かんじ漢字
に
しいたげられた虐げられた
さかい境
から
よみがえって、
いよいよ
ひかり光
を
まし、増し、
わが我が
みんぞく民族
に
はっせい発生
した
ゆうが優雅
な
やまとことば大和言葉
を
かがやかせ、輝かせ、
しゃかい-じつむ社会実務
の
のうりつ能率
を
たかめ、高め、
いっそう一層
わが我が
ぶんか文化
を
すすめる進める
こと
で
ありましょう。
カナ仮名
の
ひかり!光!
その
しめい使命
は
なかなか
おもい、重い、
どうか
かくい各位
の
ご-えんじょご援助
を
あおぎます。仰ぎます。
ご-あいごご愛護
を
こいます。請います。
わが我が
ぶんか文化
の
ため
に、
こくうん-はってん国運発展
の
ため
に。
『
かりもの借り物
』
にっぽん日本
の
ひと人
は
いま今
おもい重い
おもい重い
にもつ荷物
を
せおって背負って
せかい世界
の
ひとびと人々
と
きょうそう競争
を
つづけて続けて
いる。
あせみどろ汗みどろ
に
なって
いくら
はしって走って
も
その
にもつ荷物
が
じゃま邪魔
に
なって
おもう思う
よう
に
はしれない。走れない。
その
にもつ荷物
を
おろせば下ろせば
よい
の
に
にっぽん日本
の
ひと人
は
その
にもつ荷物
を
たから宝
の
よう
に
だいじ大事
に
おもって思って
なかなか
すてよう捨てよう
と
は
しない。
お-たがいお互い
に
き気
が
つけば、
かえして返して
しまおう
では
ない
か。
『
はっかん発刊
に
あたりて当たりて
』(
やました・よしたろう山下芳太郎
)
わが我が
くに国
は
いしん-いらい、維新以来、
こくうん-りゅうりゅう国運隆々
と
して
すすみ、進み、
さいわい幸い
に
も
いま今
や
せかい世界
ぶんめい文明
の
せんしん-こく先進国
の
なか中
に
くわわり加わり
えました得ました
が、
これ
だけ
で
は
まんぞく満足
して
いる
こと
は
できませぬ。
この
うえ上
さら
に
いち位置
を
すすめて進めて
いよいよ
せかい世界
ぶんめい文明
の
せんとう先頭
に
たって立って
しょこく諸国
を
しどう指導
する
ほど
の
だい-ほうふ大抱負
が
ひつよう必要
で
あります。
しかし
これ
は
じつげん実現
せしめる
に
ぜつだい絶大
の
どりょく努力
を
ようします要します
こと
は
あたかも
アルプス
の
ぜっちょう絶頂
に
よじのぼるよじ登る
が
ごとき
もの
で、
こころ心
や
しんたい身体
を
ねりかたむる練り固むる
のみならず、
なるべく
よそおい装い
を
かるく軽く
して
すすまねば進まねば
なりませぬ。
しかるに
わが我が
こくみん国民
は
この
ぶんか文化
の
みね峰
を
よじのぼるよじ登る
に
じつ実
に
せいよう-しょこく西洋諸国
の
ひとびと人々
の
しらない知らない
おもに重荷
を
ひとつ一つ
よぶん余分
に
せおって背負って
います。
それ
は
なんじゅう難渋
な
こくじ国字
で
あります。
がいこく外国
で
は
わずか
に
26じ26字
で
よう用
を
たして足して
いる
の
に
わが我が
にっぽんじん日本人
は
しょうしょう少々
も
すうせん数千
の
むつかしい
かんじ漢字
を
おぼえ、覚え、
かつ
それ
を
つかわねば使わねば
なりませぬ。
これ
が
ため
にっぽん日本
の
こども子供
は
がいこく外国
の
4ねん4年
に
たいして対して
およそ
6ねん6年
の
がくしゅう学習
を
ようし、要し、
しゃかい社会
の
じつむ実務
に
おいて
は、
がいこく外国
の
ひとり一人
に
たいし対し
に・さん-にん二三人
の
ひとで人手
を
ようし、要し、
かれ彼
の
いち-じかん一時間
に
なしえるなし得る
しごと仕事
を
われ我
は
いちにち一日
を
ようする要する
と
いう
おおなる大なる
じゃくてん弱点
を
もって持って
おる
の
で
あります。
われわれ我々
が
いちにち一日
も
はやく早く
この
おもに重荷
を
なげすてざる投げ捨てざる
かぎり、限り、
われわれ我々
の
しそん子孫
は
とうてい到底
ぶんか文化
の
きょうそう競争
に
おいて
がいこく外国
に
かちえる勝ち得る
みこみ見込み
が
ありませぬ。
しかるに
ここ
に
さいわい幸い
な
こと
に
は、
われら我ら
の
そせん祖先
は
いっせん-すうひゃく-ねん一千数百年
を
ついやして費やして
みがきあげた磨き上げた
せかい-むひ世界無比
の
りっぱ立派
な
カタカナ片仮名
の
もじ文字
を
われら我ら
に
のこして遺して
さずけて授けて
おります。
これ
こそ
じつ実
に
われら我ら
の
すくい救い
の
ふね船
で、
われら我ら
の
かつろ活路
は
これ
を
ほか外
に
して
は
ほか他
に
は
ありえませぬ。
カナ仮名
の
ひかり光
は
みやすい見やすい
みち道
を
つたえて伝えて
しょうらい将来
の
わが我が
こくみん国民
の
かた肩
より、
かんじ漢字
の
おもに重荷
を
のぞかん除かん
が
ため
に
うまれた生まれた
の
で
あります。
わたし私
は
その
はっこう発行
に
あたり、当たり、
かいびゃく-いらい開闢以来
わが我が
くに国
を
まもり守り
たまえる
かみ神
の
み-たま御霊
の
まえ前
に
いのり祈り
つつ、
どくしゃ-しょくん読者諸君
に
まみえます。
ご-どうかんご同感
の
かた方
の
ご-えんじょご援助
を
せつ切
に
ねがう願う
しだい次第
で
あります。
『
かいりょう改良
カナモジ仮名文字
を
まず
じどう児童
に
うえつけて植えつけて
』
わが我が
こくじ国字
の
かいりょう改良
が
できる
か、
どう
か。
ぎろん議論
して
いる
だけ
で
は、
いつ
に
なって
も
かいけつ解決
が
つきませぬ。
いくせん-べん、幾千遍、
いくまん-べん幾万遍
と
よみなれた読み慣れた
かんじ-まじり漢字交じり
の
ぶん文
と、
ただ
いっ-かい一回
また
は
すう-かい数回
くらい
しか
め目
に
ふれた触れた
こと
の
ない
この
じたい字体
と
を
ひかく比較
して、
その
ぜひ-ゆうれつ是非優劣
を
はんけつ判決
される
こと
は
かこく苛酷
です。
ぎろん議論
より
も、
むしろ
これら
の
かいりょう-あん改良案
を
じっち実地
に
うえつけて植えつけて
みて、
これ
が
こくみん国民
の
あいだ間
に
せいいく生育
する
か
いな
か
を
ためす試す
が
もんだい-かいけつ問題解決
の
ちかみち近道
です。
ほん-きょうかい本協会
は
「アヒリ
ノ
シリフリ」
と
だいした題した
どうよう童謡
の
えほん絵本
を
はっこう発行
し、
この
えほん絵本
に
したしませ親しませ
ながら、
この
かいりょう-あん改良案
の
なえ苗
を
じどう児童
に
うえつけて植えつけて
みよう
と
くわだてた企てた
の
で
あります。
『
カナ仮名
の
はなし話
(1)』
にっぽん日本
の
カタカナ片仮名
が
こんにち
の
かたち形
に
まで、
はったつ-しんぽ発達進歩
して
きた
けいろ経路
を
かんがえて考えて
みます
と、
ローマじローマ字
が
いま今
の
かたち形
に
なって
きた
じゅんじょ順序
と
まったく全く
どういつ同一
で
ある
と
いう
こと
は、
すこぶる頗る
きょうみ興味
の
ある
こと
で
あります。
とうざい東西
とち土地
を
こと異
に
し、
れきし歴史
を
こと異
に
して
いる
に
かかわらず、関らず、
おなじ同じ
よう
な
みちじゅん道順
を
へて経て
へんか変化
して
きた
と
いう
こと
は、
じつ実
に
ふしぎ不思議
な
こと
で
あります。
カタカナ片仮名
は
かんじ漢字
の
いち-ぶぶん一部分
を
とって取って
できた
きわめて極めて
かんたん簡単
かつ
めいりょう明瞭
な
おんぷ-もじ音符文字
で
あります。
そして
その
かんじ漢字
は
もと元
を
さかのぼって遡って
みる
と、
え絵
から
でて出て
きて
おります。
しかるに
ローマじローマ字
も
その
もと元
に
さかのぼる遡る
と、
エジプトもじエジプト文字
と
なります。
エジプトもじエジプト文字
も
その
あたらしい新しい
もの
は
おんぷ-もじ音符文字
と
なって
おります
が、
さら更
に
その
きげん起源
を
たずねる尋ねる
と
えもじ絵文字
で
あります。
こだいエジプト古代エジプト
に
おいて
とり鳥
と
いう
もじ文字
は
𓅬
で、
さかな魚
と
いう
もじ文字
は
𓆟
で
あります。
また
𓀒
は
たおす倒す
と
いう
もじ文字
で、
𓇲
は
てん天
より
みず水
の
おちる落ちる
さま様
を
かいた書いた
もの
で、
あめ雨
を
あらわす表す
もじ文字
で
あります。
すなわち即ち
この
じだい時代
に
は
いち-じ一字
が
いち-ご一語
を
あらわして表して
いた
の
で
あります。
しかし
これ
だけ
で
は
じゅうぶん十分
に
よう用
が
たせない足せない
のみならず、
え絵
に
かく書く
こと
の
できない
ことば言葉
も
ある
から、
いみ意味
を
あらわさないで、表さないで、
ただ
おと音
だけ
あらわす表す
もじ文字
が
ひつよう必要
と
なって
きます。
そこ
で
この
えもじ絵文字
の
ぜんぶ全部
か、
いちぶ一部
を
とって取って
ある
おと音
の
もじ文字
と
しました。
たとえば例えば
わが我が
くに国
で
かんじ漢字
の
け毛
の
いちぶ一部
を
とって取って
モ
と
した
とき
は
もうはつ毛髪
と
いう
いみ意味
は
ぜんぜん全然
きえうせて、消え失せて、
ただ
モ
と
いう
はつおん発音
のみ
を
あらわす表す
もじ文字
と
なりました。
それ
と
どうよう同様
に
エジプトもじエジプト文字
で
は
𓅓
は
ミミズク
と
いう
もじ文字
で、
Mulag
と
はつおん発音
して
いました
から
ム
と
いう
おと音
を
あらわす表す
ため
に、
その
あたま頭
の
かたち形
だけ
を
かく書く
よう
に
しました。
これ
が
げんこん現今
の
M
と
いう
もじ文字
が
できた
きげん起源
で
あります。
また
みず水
と
いう
じ字
は
𓈗
で、
これ
は
Na
と
はつおん発音
して
いました
が、
ヌ
の
おと音
を
あらわす表す
ため
に、
その
えもじ絵文字
の
なみ波
の
いちぶ一部
を
のみ
かく書く
こと
に
しました。
これ
が
いま今
の
N
の
じ字
の
きげん起源
で
あります。
『
やたて矢立
と
タイプライター
』
ある
ひと人
から
こんな
はなし話
を
きいた。聞いた。
それ
は
きしゃ-ちゅう汽車中
で
もくげき目撃
した
と
いう
じつわ実話
で
ある。
のりあい乗り合い
の
りょかく旅客
の
ひとり一人
が、
こし腰
なる
やたて矢立
を
とりだして取り出して
なにごと何事
か
かきはじめた。書き始めた。
いくど幾度
も
ふで筆
を
なめ
ながら
きしゃ記者
の
どうよう動揺
に
かみ紙
と
ふで筆
と
を
ふるわせて震わせて
いか如何
に
も
かきにくそう書きにくそう
に
かいて書いて
いる。
きしゃ汽車
は
いくマイル幾マイル
か
はしる走る
が、
ふで筆
は
ちち遅遅
と
して
すすまない。進まない。
その
とき
いっしょ一緒
に
のって乗って
いた
せいよう-じん西洋人
が
ふと、
かばん
の
なか中
から
タイプライター
を
とりだして取り出して
パチパチ
と
うちだした。打ち出した。
その
はやい早い
こと
みるま見る間
に
きれい綺麗
な
ハッキリ
した
2ページ
の
しょもつ書物
と
ひかえ控え
が
できあがった。出来上がった。
おなじ同じ
しゃしつ-ない車室内
に
おこった起こった
この
2つ
の
できごと出来事
の
さ差
の
あまり
に
だい大
で、
とても
おなじ同じ
じだい時代
に
そんざい存在
しえるし得る
こと
と
は
おもえなかった思えなかった
と
いう
こと
で
ある。
ウエブ技術について
フリ漢字をどのように実現したか説明します。
- 括弧つきフリガナの日本語テキストファイルを自分の手で作成しました。
- Pythonスクリプトを使って、テキストファイルをHTMLに変換しました。
- CSSスタイルシートと共に、フリガナから変換したHTMLを提供しました。
自分でフリガナを振る最初のステップが一番重要です。
なぜなら、フリガナを自動的に振ることが情報不足により不可能だからです。
例えば、「経緯」を「けいい」と読むか、「いきさつ」と読むか、定かではないことが多いです。
だから、最初のステップは自動的ではなく、専門家の知恵に頼ることにしました。
括弧つきフリガナのテキストファイルは下の通りです。
分けて書く必要があることが分かります。
例文[れいぶん] と は、 文章[ぶんしょう] や 表現[ひょうげん] の 見本[みほん] として 提示[ていきょう] される 文[ぶん] の こと です。 例[れい] として 挙[あ]げられる 文章[ぶんしょう] や、 ある 表現[ひょうげん] の 模範[もはん] と なる 文章[ぶんしょう] を 指[さ]します。
上のテキストファイルは下の通りのHTMLに変換されます。
れいぶん例文
と
は、
ぶんしょう文章
や
ひょうげん表現
の
みほん見本
として
ていきょう提示
される
ぶん文
の
こと
です。
れい例
として
あげられる挙げられる
ぶんしょう文章
や、
ある
ひょうげん表現
の
もはん模範
と
なる
ぶんしょう文章
を
さします。指します。
分かち書きに関しては、どのようにやっても問題ありません。
Pythonスクリプトによって、入力したテキストファイルが空白で区切られ、HTMLの要素に変換されます。
例えば、下には別の分かち書きのしたテキストファイルがあります。
例文[れいぶん]とは 、 文章[ぶんしょう]や 表現[ひょうげん]の 見本[みほん]と して 提示[ていきょう]される 文[ぶん]の こと です 。 例[れい]と して 挙[あ]げられる 文章[ぶんしょう]や 、 ある 表現[ひょうげん]の 模範[もはん]と なる 文章[ぶんしょう]を 指[さ] します 。
上のテキストファイルは下の通りになります。
れいぶんとは例文とは
、
ぶんしょうや文章や
ひょうげんの表現の
みほんと見本と
して
ていきょうされる提示される
ぶんの文の
こと
です
。
れいと例と
して
あげられる挙げられる
ぶんしょうや文章や
、
ある
ひょうげんの表現の
もはんと模範と
なる
ぶんしょうを文章を
さ指
します
。
GitHubには、使った資料すべてを公開していますので、興味があれば見てください。
また、自分のプロジェクトでも自由に使っても構いません。